ちゃんと伝える

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昨日、仕事に出かける直前になんとなく、
本当になんとなく、撮った写真です。
(なので手ブレでピンボケ)

下にあるボーダーとチノが着るもので
(アップでの画像で観たらケバケバだなおい)
時計をどちらにしようか、かんがえた。
インタビューという作業上、
正確で、わかりやすいものを、とカシオに。

昼過ぎに芝居の稽古場へ行き、
演者さんにお話を伺うのに、
「初めまして、どうぞ宜しく」とご挨拶して、
座った途端、
「あ、tさん、時計がお揃いー」と
相手に言われた。あ、ほんとだ。
裏庭に何年も埋まっていたのを
掘り出したら動いていた、
という都市伝説を持つカシオ。
B先輩んちのトイレにもある。(個人情報。すみません。)

お話を伺い終えた時、私の手元を(時計で)
見ていたからか、右手の湿布を見つけて、
「腱鞘炎? お大事に」と言ってくれた。
一瞬、かんがえた。「ええ。どうも」と
済ませることもできる。
病気や悩みは公共の場で書くのは望ましくない、
というお考えの方などは、「そうすべき」と
きっと言うね。
かんがえて、ここは、きちんと言うことにした。
「腱鞘炎ではなくて」
これは私の病気で、全身が傷む病気だけれど、私は
働きたいので仕事をしている。と。
演劇の現場にも居たけれど、体力的に無理なので
書く側に回ったと、ごく短く。
聞いて、何とおっしゃるかなと思ったら、
「リスペクトっす」と一言おっしゃった。


具合も悪かった。ここしばらく本格的な不調で
腫れて痛い場所、破壊が進んだ場所が増えた。
でも、受けた仕事だけは何とか上げたい。
痛み止め飲んで、何とか現場に無理やり行って、
昨日も、「どうか最後まで何とかできますように」
と内心祈っている状態だったので、それも
真面目に答える遠因にはなったかな。


若くて元気な方は、きっと病気の書き手に会った
ことなど夕飯までには忘れてしまう。でも、
身体が痛い病気でも、仕事をしている人が居た、
ということは、小さな記憶になって残る
のではないかな、と思う。
人間は元気がデフォルトとかんがえる方たちは
わざわざ説明するな、楽しくもないことを。
と言うかもしれない。
わたしは、ちゃんと話すことが敬意だと思う。
何となくごまかして終わりにするのは、
相手を信用しない、ことにもなる
ように思う。
厄介でも、わずらわしく思われることがあっても、
ちゃんと言おうと思う。
世の中には、さまざまな病気と一緒に生きるひとが、
わたしなどより、もっともっとタフなひとが、
たくさんいるんだから。

という出来事がありました。
そんなわけで、調子が悪いです。ギリギリで
なんとかやっています。
連休も含めこの仕事をして、途中、手の外科の
通院あるので、先生におかれましては、
ウルトラCの治療を思いついて貰いたい。
無理かなぁ…。





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by tsunojirushi | 2018-04-21 18:52 | 日々の出来事 | Comments(0)

*私が一緒に生きている病気の話です。ご面倒な方はここで。興味を持って読んてくださる方も、これが「個人の見解」に過ぎないことをご承知おきください。

2018年1月5日、手の外科診察。

まだいろんな意味で迷っていたが、医師の説明はシビアだった。
現在、唯一、かろうじて残っている右手人差し指の腱が切れると、右手は手として機能しないことになる。すると、修復のチャンスは激減してしまう。具体的には腱固定で「常時開いたまま、それを無理やり握る」という手になる。早急に人差し指の付け根の脱臼している関節(それによって腱が切れる)を直すべき、という説明。
事は「やれば今よりよくなるかもしれないから検討する」というレベルではなく、「早くやらないと危険。後に後悔したくなければ」というレベルだと判明。

そして、壊れた関節を治癒させる治療は今の医学にはない。つまり、サイボーグ化(人工関節への置換)以外に選択肢はない、少なくとも今の日本には。ということになる。ならば、部品を入れるしかない。


憂鬱なのが、また傷だらけの手になること。今までのオペは(腱移行)2011・左伸筋腱3本/2010・右伸筋腱(再)失敗/2005・右伸筋腱。
薄くなった傷もあるが、今は歳ですからね…。今回は、手の甲を切開する大きなもの×1、関節二カ所の中くらい×2、足りない腱を手首の内側から取るために小さいの×2。それでも足りなければ足の甲を切って採取。
そこまでしても、どの程度動くようになるかはわからない。見た目が不自然な関節になっても、そして、それがたとえ数年で壊れても、もう予断を許さないので、自分の骨は捨てる覚悟をしている現在。
超無理やり明るくかんがえるなら、歯と同じだ。虫歯に人工のクラウンをかぶせると聞いて、或いは歯そのものをブリッジで再建すると聞いて「そんな歯で噛めるの!?」と言う人は少ないだろう。それを踏まえるなら、指の関節も義歯と同じだ。マイナーだから「そんなもの、使えるの!?」となるが、既に「それで生きている方々」はたくさんいらっしゃるのだ。


今、私が悩む問題は、
手を直して多少の機能が回復したところで、何も変わらない、という点だ。
脳みそを入れ替えない限り、書く能力が劇的に上がることはない。(入力作業的にも指は4本同時に動くようにしかならない)。手の機能だけは運良く上がっても、
病で半人前の体力が増えることは残念ながらない。
だとすると、
今より悪く(右手が崩壊する)なることを防ぐため「だけ」の手術のために、痛い思いをし、全麻のリスクを払い、傷だらけの手で苦しい何ヶ月ものリハビリをし、元気な皆さんが旅行やら美味しいものやら素敵な服や器やらを買うのに楽しく使われるお金を、それにつぎ込むんだなあ、と思う。まったくもって不毛な話だ。
手に入るものは、〇(ゼロ)→〇(ゼロ)
失うものは、たくさんある。

そういう私のような人にとって、健康や機能に問題を抱えないラッキーな人たちの言う、自分の不遇に腹を立てず前向きに生きろという「指導」は、結構「上から」っぽくて頭に来ます(正直)。


今回、かなり凹んで、
殿様に、
「何でもできる元気な手を持って、手をどうやって部品で治すかなんて全然かんがえないで済む人はいいな…」と呟いたら、
しばしの間があって、
「そうだね…」と言った。
ずっと見ている人らしい言葉だと思った。彼は私を嫌いだが、少なくとも、他人事で浴びせられる「壊れたのを治せば良くなるよ」とか、「みんな悩みはあるんだよ」とか、「病気のことはわかんないから」という言葉とは、いい意味で遠い隔たりがある。当然のように優れた身体を持つ人たちがいるのに、それを与えられない自分の感じる、どうしようもない理不尽さ、それを、そばに居て体感してきた人のリアクションだった。


さて、
得るもののあまり期待できないオペ、
そこに、もしも唯一のGAINがあるとしたら、
体験者として伝えることだ。と今日あたりからおもっている。今日、mixiで、前回、前々回のオペの時に書いた日記などを読み返した。忘れていることも多く、読んで自分が、ヘンな話だが感心した。こんな状況を、よく図々しくも浅ましく、生き延びてきたな、という印象だった。
これからサイボーグ化をするにあたっては、できる限り記録をする。
記録は情報になってこそ役に立つので、ここに気力が足りて書ける限りは書く。それを参考にする方もいるかもしれないから。余談だけれど、このブログで根強く読んでいただいているのが「低音障害型感音難聴」の記事。不安で、情報の欲しい方はいらっしゃるのではないか、と。こんな私の体験でも、もしかしたらわずかなヒントになるかもしれない。それなら、仮に結果、右手をダメにしたとしても、ささやかに世の糧となるから。

カテゴリ分けはするが、お気楽な記事だけ読まれたい方には邪魔だろう。でもそれはお許しいただこうと思う。
記録は、必要とする方(いらしたらの話)のためのもの。興味のない方にはスルーしていただいて。
素直に、誠実に書こうと思う。ただし、私見です。参考にする程度とかんがえてください。すべての人の病態、すべての人の手は別々のものですから。

必要もないのに、事故でうっかり読まれた方にはお詫びします。すみません。

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↑一昨日はとりあえず、2010年のオペで皮膚下で腱を縫った糸が、皮膚の上まで突き出していて気になっていた部分を取り除いて貰った。何年もかけて出てきてしまい、年末の掃除などで炎症を起こしていた。話して急遽プチオペになったのに、とても綺麗な女医さんが「糸除去」を引き受けてくださり、部分麻酔をして、取ってくださった。取れてから「ルーペ持ってきて」とルーペで丹念に確認してくださったところにお人柄を感じた。
人差し指のヘンな形になっているのが脱臼して重なり、人工に替えざるを得ないMP関節。親指も同様。早くやらないと、人差し指も動かなくなると言われているので、早くスケジューリングをして、それまでは、これ以上壊れないようにそっと使うしかない。










第2回プラチナブロガーコンテスト



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by tsunojirushi | 2018-01-07 21:00 | 日々の出来事 | Comments(0)

*まず、以下、自分の感じたままを書きますので、それを前提に。
とお断りしておきます。すみません。三串と違ってどなたがご覧なるかわからないから。



昨日はいつもと違う「手の外科」の専門医に会ってきました。
写真などを上げると気味わるいという人もおいでかと思うので、

写真など上げませんが、私の右手はもう手首が0度しか曲がらず、
(まっすぐ固定。関節が壊れ溶けて塊になっているので)
「ぐー」は少しは握れますが、指を伸ばす(「ぱー」)ことは、
辛うじて人差し指ができるほかはまったく動きません。
手のひらを下にすると中指からの三本の指は

だらりと下がったままです。
伸筋腱が機能していないためで、使うのに工夫を要します。
利き手は右手ですから、その手で何とかして作業をしています。
パソコンを打つときは、(左手も既に不自由ですから)両手とも、
一本ずつの指で打っています。お裁縫も、料理も、その手で無理して
何とかやっています。しかも嬉しくないオマケとして、痛い手です。
お箸を持つのもかなり難しいけど、何とか使っています。

なので、余談ですが、編み物や縫い物したものを見て、
「手先が器用でいいね―」と言われると、
言いようのない、むむむむむむううううう、という気分になります。
健常な人の5割程度(想像)の機能でやっていて、そう言われると、
何だか不愉快なんです。(努力した結果なのに…って思うのかな)
余談終わり。

その手を少しでも回復できないかと、かすかな望みを抱いて診断を
受けたのですが、結果は、
問題がいろいろとあり、元には戻らないけれど、

少しでも機能を上げるなら、
指の付け根の関節が左右合計6個脱臼して

傷んでダメになっているから、
そこを「人工関節」に替えるオペをまず前提としないと直せない、
という診断でした。
その上でさらに、手の甲を切開して中の腱などを
確認してから、手首も切ってそこから足りない腱を採り、
それを移植・・・するかどうか(ここは開けないと解らない)。
かなり大掛かりで傷だらけになる「大工事」です。

「人工」関節ですから、

上(指側)と下(手の本体側)から来ている骨を
それぞれ切除して、その先端を人工のパーツでつなぎます。
動くようにはなりますが、人工物ですから、

本来の関節と同じにはやはりなりません。
そして、耐久年も、はっきりとわかりません。

一昔前の「5年」からは伸びましたが。
もちろん、見た目は少々不自然でも動くなら、

そしてそれがある程度もつならダメな話ではないのです。
ただ、「良いだけ」の話は世の中にありません。リスクはある。

自前の骨も捨てるしかない。パーツ必須になる。
いろいろ話した後で、先生に
「つまり、人工関節に置換することが現在の医療技術の限界、ということですよね?」
と言いました。先生は、
「そうです。でも、それ以上(EX.自前の骨を再生するなど)を待っていられないでしょ?」
と言われました。実に、誠実な答えでした。
いい先生でした。
問診・X線・CT・医学療法士による可動測定・宣告、

と丁寧な手順の上、
診察の最後には、今現在、腫れている右手の

(ここは親指の先端を曲げている腱)
箇所に「心配だから」と、注射してくれて、
ついでに、その濃度の低いものを

お腹から皮下注射もしてくださいました。
(腫れや痛みが全身あちこちに出て病態が悪いから)

外科医の方は、どの方にも感じる私の印象ですが、

非常にリアリストです。
予測として、この人(患者)があと何年生きるか、
その間を、どうしたら少しでもQOLを上げて

生きさせてあげられるか、
そこだけを見つめています。

見つめるようにしているのだとも思います。
そのために捨てるもののことを、くよくよと悩んでいたのでは

仕事にならないから。
情緒など、機能と云う目的の前では何の役にも立ちません。
耳を切った時も、聴力はなくなっても、死ぬよりはGain

である、と。それで、私の今があります。

今は「そうかー…。やっぱりもう元通りには治らないんだなー」

と悲しい気持ちはあって、受容処理中。
あとは、片目も見えないし、耳も片耳、足も変形で要オペ、
肘も人工関節勧告、という状況で、
働くこともできない厄介者をしていて
その上でも、
これをするべきなのか、むしろ、生きていくのか、それを
かんがえなくてはならなくなっています。
壊れてゆく身体で苦しんでいても、元気なのに怠けている、
と見られることもあります。まぁ、汲めない人に何を言っても無駄。
でも、改めてかんがえたんだけども、

(今、ヘルプマークなど普及しつつあって)
身体の内側に病気を抱えるひとはたくさんいるのでは…というか、
見えない疾患が圧倒的なんじゃないのか、むしろ。と思ったんです。
自分の周りで知っているだけだって、
筋肉が動かなくなっていく難病と闘いつつ働いている方、
ガンのオペをしながら働いている方、二人とも私より若い人です。
黙って座っていたら、この二人だって、元気そうに見えるはずです。
でも、実際は、必死で生きようと、している。
物凄い勇気と気力で、命を勝ち取ろうとしている。
それを想ったら、指のパーツを入れ替えるなんて、何でもないよ、
って思います、ほんとうに頭が下がる。

と、かんがえている今日なので、コメントお返事とか遅れましたすみません。
(↑このお詫びだけ書こうとしたのに、こんなに長くなっちゃったー)

そういえば、リウマチに関連して。
わたしの病院では、

エンブレルの空気を抜かなくてよいことになりました。
同病の方、おんなじ治療の方がご覧になるかもなので、

貼っておきます。

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by tsunojirushi | 2017-11-29 14:13 | 日々の出来事 | Comments(4)

きのうきょう

花の名、とタグに書いたら、バンプの名曲聴きたくなって
聴きながら書いています。
病院に行くときに撮った花の写真。

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毎年、この時期に見て「綺麗だな」と思うのに、
名前を知りません。これ、なんて花でしょう?


病院に行きましたら、破壊の酷い痛い肘は関節注射、でこうなった。


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詳しくは改めます。小指の腱のことも。長くなるから。
心配してくださる方もおいでなので、また書きます。


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頑張って通院したので、帰りにご褒美を買ってやりました>自分。
ミニストップの栗ソフト。蕎麦状のトッピングが
んーと、店員さんがおじさんだったので、
・・・う美しくない。こういうのセンスが問われる。
(オジサンシャシントチガウヨ)
でも、めったに食べないので美味しかった。


数日前に、皿うどん部部活した。

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超絶ボリューム。「ぱんぷく(満腹でパンパンの意)」になりました。


メイトーのクリームチーズ、写真撮りました。

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ちゃたさまんちへ、私信。
このチーズが好きで、これを切らしません。
次点は北海道の「プリマール」です。

ちゃんと書きたいのですが、急にものすごいボリュームの
仕事が来ちゃって、しかも〆切が近くて、
ずーーーっとマシンのように書かなくちゃならないので、
また書きます。


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by tsunojirushi | 2017-10-13 21:05 | 日々の出来事 | Comments(4)

凹んでます

「動物とわたし」テーマに、ななさんのことを書きたかったので上げたのですが、実は凹んでいるので、それもここに記録しておきます。ななさんの記事ですぐ上書きされるように工夫して。できてっかな・・・。

病状が悪くなって数か月、頸などのボキボキは腫れて壊れた破壊後遺症。肘はまだ腫れたままで、来月専門医に会うことに。しかし、何とか、他は大丈夫かな、と思っていたら、左手の小指の腱が一昨日の夜切れました(たぶん)。
指が動かせなくなるので判るのですが、おそらく。もう何度も何度も味わってるので。
普通の人が読んだら、「なんだ小指の腱くらい。突き指でだってなるでしょ」という話かもしれないけれど、いやいや…、それがね、
そもそも、治りにくい難病で結婚も出産も諦め、仕事も思うようにできず、およそ20年間毎月べらぼうなお金がかかり、他人に生活費すらたかり、それでも治まらず、日々の作業がみんな痛く、既に肘は人工関節にするしかないと宣告されていて、足もオペをしないと靴はまともに履けるようにならない、と言われていて、右手の腱はつながったけど癒着していて動かず、昨年からはステロイドのために白内障の症状が出て、片目になり、と、宿題が山のようにある状態で(ああ、長い。ゼイゼイ)、一個加算されると、なんつーか、凹むんですよね。既にオーバーフローで、そこへこれでもかっていう感じなので。
どこから治したらいいんだろう・・・。そして、その費用はどうするんだろう・・・。そもそもお金がないからいろんなオペレーションも懸案になっているのに。
小指が動かなくても、どうせ全然人並に動かない手なので、さらにまた不便になるだけのこと、でも、それ自体よりも、総合的に、なんというか、「途方にくれた」感じになっちゃってます。

こういう時、例えば、守らなくてはならない人がいたり、自分をすごく必要としている人が居たなら、「それでも生きなくちゃ」って思えるんだと思うんだけど、わたしは、どっちかというと他人の迷惑になって生きていて、そのバイタリティを持ちにくい。
生きる必要性は、もちろん、こんなわたしだってやってみたいことはあるし、まだ生きられたら、とは思う。ただ、それを続けるのにかかる手間とお金と人への迷惑という「マイナス要素」がデカすぎるから、算数すると、どうしたものか・・・となってしまう・・・。
数式が、「生きたい気持ち < 生きることの大変さ」 ってなっちゃうんだ。

とりあえず、私の手の腱を二回繋いでくれた、尊敬している先生の現所在(半引退なのでオペは無理だけど相談は出来る)を確認したのと、
左手の腱を一回繋いでくれた先生の所在(なんと、引き抜かれて開業病院に居た)は確認した。会いたい場合は会わねばならんから。
もう一軒、手の外科の医師も見つけて、一応、ずっと先だけど押さえておいた。というとこまではした。切ることになるかどうかは、しばらく考えるしかない。お金もないから。
両手とも、もうさんざん切ったり縫ったりしてあるので、汚いことこの上ない。変形や脱臼も酷くて、けっこうむちゃくちゃなのに、繋ぐとなると、また縫い目ができる。それも、がっかりは、やはりする。機能も完全にはもちろん戻らないし。

しばらく凹むから、虚勢を張っていろいろ書くには充電が必要。ななさんの記事を書きながら、よく考えます。
殴り書きだけど、ここを読んでくださった方がいらしたら、ありがとうございます。記録としての自分メモと、悲しくなった気持ちの放出、です。すみません。適宜、加筆修正します。乱文で恥ずかしい。


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by tsunojirushi | 2017-09-16 20:59 | 日々の出来事 | Comments(2)

天然のあんず

梅雨です。リウマチ、頸に来まして大変です。しかし、お仕事はあるのです。毎日書く。なのに、息抜きにこれを書いたりしていて、自分でもバカなのかも、って思います(笑)。大きな関節に来ると日常生活のストレスが増大します。何をしても痛いから。寝ていても痛い。首に来るほどひどい時は当然他の箇所も腫れて痛い。おんなじ病気の方はお分かりになるだろうなぁ、っておもいます。今の季節はダメです。しんどいですねぇ。

さて、しんどいながら、できることはする。
秘密のT邸から「あんずが実りました」とのご連絡しかも、「とても足が速いのです」とおっしゃる。はやく獲って料らねばならん。殿様に行って獲ってもらいました。少ししかないとおっしゃるから、まぁ、10個程度ならば不調でも作業できるかな、と思っていたら、意外にたくさんで、しかも急ぎ。
実はあんず、見るのも触るのも初めてです。もちろん、加工したものは知っているし好きです。シウマイ弁当の干しあんず、なくてはならないです。しかし、生は。東京ではほとんど売っていません。プラムとかソルダムなんかはあっても。理由は今回触ってみて解りました。とにかく傷みやすく、熟す進行も早いのです。輸送や販売に向きません。なるほど。


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まずは果物自体を知るために、生で頂いてみました。食感は枇杷みたいな感じ。そして杏の味(当たり前だ)。そのままではもちませんから、なるべく持ち味を活かしたかたちにしようと、ネットで調べて(皆さま有難う)コンポートに煮てみました。


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あんずは洗って、くぼみにぐるっとナイフを入れ、アボカドの要領でひねり、種を外します。
お鍋にはお砂糖とお水、香りづけの代わりにブランデー梅酒を少したらし、酸味にレモン汁を。沸騰させてから上記二つ割りの杏を入れて、しずかに数分煮て完成です。
熱いうちに、煮沸した瓶に詰めました。


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これはジャムでもおなじみの光景。


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お約束の逆立ち。(殺菌のため)

ただ、これだけです。冷えてから味見をしました。とても美味しかった。杏がいいのだと思います。何しろ樹上完熟の獲れたてです。なかなかないコンディション。
そのまま食べても、ヨーグルトに載せてもいいのですが。シロップが残る。そこで、こんなことをしてみました。


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コップにシロップごと入れて、炭酸水をしゅわしゅわしゅわ・・・。少し混ぜながら飲むと、とっても旨い。ご馳走だなー、と思いました。
その後、ジャムにも煮ました。二つ割りまではおんなじで、お砂糖をかけてしばし置いて水を出し、とろ火で煮てゆくだけです。毎年、梅のジャムを作るのですが、それに比べたら簡単です。いちごジャムとおんなじような工程ですね。
そして、種。とってあります(笑)。これで、杏仁豆腐ができるらしい。原稿と縫い物作業が一段落したら、やってみようと思っています。

生きていることが辛いと思うことは多いです、毎日痛いし耳も眼もダメになっていて。どこへも行けないし、楽しいこともあまりできない。でも、今日まで生きたから、杏を知ることができたのであって、生きていて手に入ることもある。そうできなかった人たちを想い、生きられることを幸運だとかんがえなくてはいけない、とおもっています。




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by tsunojirushi | 2017-06-13 14:07 | 料理 | Comments(2)