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なるように

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黒磯駅の大きなアート。
ぽこせんせいに描き直してもらt…




更新できなくなりました。しんどくて。

ずっと、
どうかんがえてもどこかでダメになる
そう知っていながら、
無理に無理を重ねる日々の結果が出ました。
リウマチの亢進で首が破損して、
鉄板とネジなどで固定するオペが必要、と
宣告されました。
もちろん、ただの保存処置、動かせない首に
なっても、予後は宜しくはありません。
病変が進めば、呼吸が止まると言われました。

少し記事を読んだりしますと、こう書かれています。

これまで、関節リウマチ上位頚椎病変により
脊髄症状が現れた患者の生命予後は、
手術をしなかった場合に、2年生存率が約70%、
5年生存率が約45%で、8年で21例全例が死亡した
という論文報告がある。

残った時間があったとしても、それは
動けなくなって、壊れた全身の痛みを抱え、
他人の厄介になって迷惑をかけ、
すべきこと、例えば親の介護も、
全部ひとに押し付ける
そのいたたまれなさにさらされ、
ほぼ、
苦しいことだけを味わう時間になります。

苦しいだけの未来から、逃げ出したいと思う私を
責められる人は少ないのではないか、と思います。
苦しみから、生きたまま逃げられないとしたら、
どうするか。今、毎日かんがえています。
余命を思う時、いつ終わりが来ても仕方ないのだ
と思っていた自分にも、もう少し生きたいと思う
(楽しいからではなく、しなければならないことがあるから)
甘い期待がまだあったんだな、と呆れています。
ばかだなぁ、と思う。
人生は終わるんですよね、かならず。






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Commented at 2019-02-21 18:15
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by tsunojirushi at 2019-02-21 19:08
> お初にお言葉ありがとうございます。
私、お書きになる記事が好きでした。
今は体調がすごく悪いので、 ちゃんと読んで、ちゃんとお返事をすることができません 申し訳ないです。
でも、お礼だけでも言いたくて 、スマホに向かって、音声入力でこれを書いています。

今は 自分以外の人のことを 丁寧に考えられないかもしれないです。
私から見たらみんな幸せそうで、惨めになってしまって…。

気力がもし出ることがあったら、教えていただいたことを 勉強しますね。

一つ言えるのは、私は生きたくないわけではないんです。
食いしん坊で、好奇心が強く、生きているのが好きな人間なのです。
でも、条件が整わない。というのが現状。
ちょっと残念です。

切ないなーって思います。

声をかけてくださってありがとう。
とっても嬉しかったです。
Commented at 2019-02-21 22:11
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented at 2019-02-23 11:40
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented at 2019-02-27 09:39
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by kepitaro at 2019-03-02 08:08
ここを前の記述から読み返しています。
辛いことは毎日だったと思うのに、それを毎日は書いておらず、全体からしたら少ししか書いていない。
もちろん辛いことばかりではなかったと思うけど。
ここでしか「どうされてるのだろうか」を知ることができない方もいるでしょう。
どうされているのでしょう。
ここで教わったことも多いです。
つのじさんから直に教わったこともたくさんある。真似したものも。
最近ではプチぬか床。(続いております)
冊子記事から白菜漬け。(あまりしない)
サラダにナッツやリンゴを入れる(ナッツでなくてレーズンだった。昔出してもらったサラダ)
他。
また日常を綴ってほしい、でもそれはそんな簡単なことではないのかも。
物理的にも心情的にもしんどいことなのかも。
Commented by tsunojirushi at 2019-03-08 14:26
> 2019/02/21 22:11 に頂いたコメントへ
わたしは病気によって馬鹿なりに学びましたが、その中の一つに、優しい人の優しい能力を感じることができる というスキルがあります。
言葉自体が優れていたり、美しかったりする必要はなく、しかし、
お書きになることの行間、掛けてくださる言葉の端々、何かなさってくださるご厚情に、「誰かの痛みを汲める深い慈愛」のちからは表れます。
今まで、記事を読ませていただいたり、掛けていただいた言葉、コメントのお返事、折に触れ、弱い人や傷ついた人をいたわれる方だ、と感じることが多いです。それはとても大きな「人間力」だと思います。尊敬します。

宿題はまだ宿題のままですが、やさしいお気持ちをありがとうございます。
Commented by tsunojirushi at 2019-03-08 14:33
> 2019/02/23 11:40 のお言葉へ。
びっくりしました。
誰かを助けたいと思う時、何か力になれないかとかんがえる時、実は、掛けられる言葉は、たった一つだとわたしは常にかんがえています。
書いてくださったのは、まさにそれでした。わたしはこれを真理に近いと思っています。苦しむ他者を「本気で」助けたいとかんがえたとき、口にできる言葉は、そのひとつしかないですよね。
ありがとうございます。
Commented by tsunojirushi at 2019-03-08 14:40
> 2019/02/27 09:39 のお言葉へ。
いつも拝見して、臆面もなくコメントをしたりして、もしかしたら「気味の悪い人」になっているのではないか、と気がかりでした。「視線」が不愉快なものでないことを、切に願います。
どなたさまの人生にも限りがあり、その中の貴重な時間を、わたくしのようなものを「案ずる」ために割いてくださる。もったいないこと、と思います。ありがとうございます。
生死の問題を話題として「重い」とおっしゃる方などしばしば目にしますが、そういう方は、自らは死と無縁であるとかんがえておいでなのか、素直に不思議に思います。生きられるところまで生きる、それ以外に人間に出来ることはないですよね。それを今、かんがえています。
Commented by tsunojirushi at 2019-03-08 14:57
> kepitaroさま。
病気と生きる、ということを知らない人たちは、たぶん、それを想像することもむずかしいのだろうと思っています。生きる上での、それなりに「愉しいこと」と「痛く苦しいこと」は、ぴったりとくっついて切り離せないもの。それを理解できない人は「楽しいのがブログ」と標榜するのでしょうね。

教えるなどとはおこがましいと思います。凄い方は山のようにおいでになる。でも、一方で、低能な人間(わたし)のすることなすこと全てが100%低レベル とも限らない。そこが人間の少し面白いところです。低能人にも誰かの役に立つアイデアが湧くことも。それを書きとめておこうとしたのがココです。私には子孫もいないし。

数年で人生が終わりかも、とわたしは嘆いているけれど、では、数年が何年だったら良かったのか、と自問しています。もっとずっと短い生涯の方もいる。比すればかなり「大盛り」に時間を貰ったのに、何もしなかった。それは自分の責任です。そもそも、その数年すら待たず終わる可能性などいくらもあるのです。今はそれをかんがえています。
ガンジーが残したとされる「明日死ぬと思って生きなさい/永遠に生きると思って学びなさい」という主旨の言葉(表記は記憶に頼るので出鱈目です)がすべてを物語っているな、と思っています。

優しい誕生祝をありがとうございました。なかなかメールもできず、今このお返事大会に気力をふるって取り組んだ、この機会にかこつけて書いちゃいます。てへ。
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by tsunojirushi | 2019-02-21 15:10 | 日々の出来事 | Trackback | Comments(10)