B先輩のミーソローフ

リウマチが過労から亢進して、
首までボキボキいって(丁ではない)
痛むようになってそのほかあちこち
腫れて痛くて、身体自体もしんどくて、
寝込んでいるここ数日。那須も延期。
那須は家政婦さんヘルパーさんを手配。
自分でできないのが残念なれど、
動けないものは仕方ない。

そしたら、B先輩がもったいなくも、
材料ご持参で夕飯を作りに来てくれた。
何にもできないけど、ちょっとは助けに
なるとおもってね…って。
Y先生からの梅干しの瓶(巨大)も、
差し入れよ、って持ってきてくれた。
かたじけなさすぎだ。

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玉ねぎと人参ピーマンなどをみじんに
ジャガイモ少しすりおろして入れて、
ニンニクと生姜、塩胡椒で味付け。
そこに「お味噌」が入る。
だからミーソローフ。
よく練ったものを、ナマコに成形。

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オーブン200℃に予熱、
ナマコを入れて、30分焼いたもの。↑
グリーンピースは私が並べました。
(唯一のお手伝い)

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とてもとてもおしいかったよ。
めそめそしつつ食べました。
先輩はとても遠くから来るんですよ。
嬉しいなぁ、と気軽に言えない。
先輩は優しいお気持ちと共に、
時間もお金も労力も、他にも
いろんなものを割いてくださった。
ご負担を掛けて、申し訳ないと思う。
心から感謝しつつ、でもそれは
本気で差し出された救いの手だから
そうならざるを得ないのだな、と、
かんがえる。

最近、
すごく困った状態になってみて、
いろんなひとに助けてもらう中で、
人を助けることは何かを「割く」こと
なしには不可能なのかも、と
実感することが続きました。
疲れ果てて歩けない人に例えば
歩き方の「助言」は救いにならない。
それはその人に「させる」ことだから。
助けるっていうことは、
助ける側が「する」のが前提なんだ。
だから、
心も時間も労力も、何にも割かずに、
誰かを助けることは不可能なんだ、と。
当たり前ですよね、今頃すみません。
人を助けるのは楽ではない。
今、私を助けてくれている人たちも、
例外なく何かを割いて助けてくれてる。
自分も誰かを助けたい時、

それを念頭に置こう
とおもっています。






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Commented by kepitaro at 2018-09-02 20:12
Bです。
材料といってもいろんな野菜をミーソローフに入れたいがためにうちからピーマン半分とか4分の一とかを持ってっただけで、メインのひき肉とかは買ってもらったのですよ>ここを読まれてるみなさん。
そしていろんな用事のついでにお伺いしたのですよ〜。

私こそ前にそぼろ弁当やお正月のおせちなどをご馳走になってばかりでした。ほかにも。

つのじさんがいつもとてもすまながってることを考えるとこういう押し売りはいけないと思うのですが、辛い体でいつも自分がおさんどん(←死語?)せねばならないのか、と思うと、たまには誰かが作ったものを、と思ったのです。
(殿も作ってると思うけど)

この暑さでなければ作って持っていったのですが、持っていく間に腐りそーな暑さなんだもん。

しかーーし、量がちょと少なかったね。すまぬ。
おまけに普通はなにが食べたいかくらい聞いてすることだと思うのですが、私はただミーソローフが作りたくて←しょうもないひと。。。
Commented by tsunojirushi at 2018-09-03 21:22
> B 先輩。
ありがとうございました。
いやいや全然そんな事はなくて、 いつもつまらないものばかり お出ししているような気がします。

いろんなことを考えて 助けになろうとして下さった、まずそのことに、とても感謝しています 。
もちろんミーソローフも美味しかったです。
いつかまた、私もそちらへ伺って、一緒に夕飯を作って食べたいです。
by tsunojirushi | 2018-09-02 18:32 | 料理 | Comments(2)