表舞台とバックヤード

やっと何かを書こうという気持ちになりました。
と言ったって、特にどなた様のお役に立つわけでもないのですが。

お正月用にゆで豚拵えました。ストーブでゆっくり加熱。

お醤油味醂山椒の実などで味つけをして、いただきました。

f0367170_20075400.jpg



実は、このディジョンマスタード(大変旨い)を食べたくて

お肉料理だったりします。

寝てばかりのお正月、今日はもう七草です。朝は七草粥。


f0367170_20075348.jpg



子供の頃、嫌いで、憂鬱だった正月七日の朝・・・。

老人の今は楽しみにしています。
瀬戸の出の祖父たちのならわしが母にも伝播して、
子どもの頃の七草粥にはお餅が入っていて、

かもそこへお砂糖をかけて食べていたのです。

毎年一月七日は家出したかったでした。まじで。
今は自分が好きなようにできるので大喜び。

お米からきちんと炊くとお粥は本当においしい。

年末に、尊敬するブロガー様から教わって仕込んだ

「柚子シロップ」で、ホット柚子。

f0367170_20075353.jpg



これ、むちゃくちゃ美味しい。
柚子をくださったtさんに上げてよかった。

瓶が空になって返ってきたからきっと♪
今日は門松とお飾りも外しました。松が取れました。

いろいろと作ったり仕込んだりすると、

廃棄物(廃棄しませんが)が出ます。
これ以降は、そのバックヤード。
年末、野菜室にクレソンが残っていた。

どうかんがえても、お正月に出番はなさそう。

そこで湯通しして刻んでお塩をしておいた。

f0367170_20203045.jpg



ご飯にのっけると美味しいです。

発想はお土産などで頂く「せりのお茶漬け」から。
洋せりと雖も、せりだろうから、とやってみた。

大変おいしいです。お勧めします。

上でゆでた豚肉の茹で汁は、スープとして使い、

f0367170_20075433.jpg



おうどんを作る。当然だがおつゆが絶品

味付けはお酒とあっさりお塩で。「本体」のお肉も載せて。

お雑煮に使うだしこぶとおかか。たくさん出ます。
細かくきざんで、山椒の実(夏の冷凍)と一緒に

佃煮風に煮ました。

f0367170_20075424.jpg



ご飯のお供にけっこうなお味です。
ちなみに、うちの猫たちに、このおかか上げてみましたが、
マキヲ→スルー。丁→完食。でした。
裏方たちも、おいしく食べます。もったいないものね。





一応貼ってます。





第2回プラチナブロガーコンテスト



[PR]
by tsunojirushi | 2018-01-07 21:30 | 料理 | Comments(4)

*私が一緒に生きている病気の話です。ご面倒な方はここで。興味を持って読んてくださる方も、これが「個人の見解」に過ぎないことをご承知おきください。

2018年1月5日、手の外科診察。

まだいろんな意味で迷っていたが、医師の説明はシビアだった。
現在、唯一、かろうじて残っている右手人差し指の腱が切れると、右手は手として機能しないことになる。すると、修復のチャンスは激減してしまう。具体的には腱固定で「常時開いたまま、それを無理やり握る」という手になる。早急に人差し指の付け根の脱臼している関節(それによって腱が切れる)を直すべき、という説明。
事は「やれば今よりよくなるかもしれないから検討する」というレベルではなく、「早くやらないと危険。後に後悔したくなければ」というレベルだと判明。

そして、壊れた関節を治癒させる治療は今の医学にはない。つまり、サイボーグ化(人工関節への置換)以外に選択肢はない、少なくとも今の日本には。ということになる。ならば、部品を入れるしかない。


憂鬱なのが、また傷だらけの手になること。今までのオペは(腱移行)2011・左伸筋腱3本/2010・右伸筋腱(再)失敗/2005・右伸筋腱。
薄くなった傷もあるが、今は歳ですからね…。今回は、手の甲を切開する大きなもの×1、関節二カ所の中くらい×2、足りない腱を手首の内側から取るために小さいの×2。それでも足りなければ足の甲を切って採取。
そこまでしても、どの程度動くようになるかはわからない。見た目が不自然な関節になっても、そして、それがたとえ数年で壊れても、もう予断を許さないので、自分の骨は捨てる覚悟をしている現在。
超無理やり明るくかんがえるなら、歯と同じだ。虫歯に人工のクラウンをかぶせると聞いて、或いは歯そのものをブリッジで再建すると聞いて「そんな歯で噛めるの!?」と言う人は少ないだろう。それを踏まえるなら、指の関節も義歯と同じだ。マイナーだから「そんなもの、使えるの!?」となるが、既に「それで生きている方々」はたくさんいらっしゃるのだ。


今、私が悩む問題は、
手を直して多少の機能が回復したところで、何も変わらない、という点だ。
脳みそを入れ替えない限り、書く能力が劇的に上がることはない。(入力作業的にも指は4本同時に動くようにしかならない)。手の機能だけは運良く上がっても、
病で半人前の体力が増えることは残念ながらない。
だとすると、
今より悪く(右手が崩壊する)なることを防ぐため「だけ」の手術のために、痛い思いをし、全麻のリスクを払い、傷だらけの手で苦しい何ヶ月ものリハビリをし、元気な皆さんが旅行やら美味しいものやら素敵な服や器やらを買うのに楽しく使われるお金を、それにつぎ込むんだなあ、と思う。まったくもって不毛な話だ。
手に入るものは、〇(ゼロ)→〇(ゼロ)
失うものは、たくさんある。

そういう私のような人にとって、健康や機能に問題を抱えないラッキーな人たちの言う、自分の不遇に腹を立てず前向きに生きろという「指導」は、結構「上から」っぽくて頭に来ます(正直)。


今回、かなり凹んで、
殿様に、
「何でもできる元気な手を持って、手をどうやって部品で治すかなんて全然かんがえないで済む人はいいな…」と呟いたら、
しばしの間があって、
「そうだね…」と言った。
ずっと見ている人らしい言葉だと思った。彼は私を嫌いだが、少なくとも、他人事で浴びせられる「壊れたのを治せば良くなるよ」とか、「みんな悩みはあるんだよ」とか、「病気のことはわかんないから」という言葉とは、いい意味で遠い隔たりがある。当然のように優れた身体を持つ人たちがいるのに、それを与えられない自分の感じる、どうしようもない理不尽さ、それを、そばに居て体感してきた人のリアクションだった。


さて、
得るもののあまり期待できないオペ、
そこに、もしも唯一のGAINがあるとしたら、
体験者として伝えることだ。と今日あたりからおもっている。今日、mixiで、前回、前々回のオペの時に書いた日記などを読み返した。忘れていることも多く、読んで自分が、ヘンな話だが感心した。こんな状況を、よく図々しくも浅ましく、生き延びてきたな、という印象だった。
これからサイボーグ化をするにあたっては、できる限り記録をする。
記録は情報になってこそ役に立つので、ここに気力が足りて書ける限りは書く。それを参考にする方もいるかもしれないから。余談だけれど、このブログで根強く読んでいただいているのが「低音障害型感音難聴」の記事。不安で、情報の欲しい方はいらっしゃるのではないか、と。こんな私の体験でも、もしかしたらわずかなヒントになるかもしれない。それなら、仮に結果、右手をダメにしたとしても、ささやかに世の糧となるから。

カテゴリ分けはするが、お気楽な記事だけ読まれたい方には邪魔だろう。でもそれはお許しいただこうと思う。
記録は、必要とする方(いらしたらの話)のためのもの。興味のない方にはスルーしていただいて。
素直に、誠実に書こうと思う。ただし、私見です。参考にする程度とかんがえてください。すべての人の病態、すべての人の手は別々のものですから。

必要もないのに、事故でうっかり読まれた方にはお詫びします。すみません。

f0367170_20431352.jpg

↑一昨日はとりあえず、2010年のオペで皮膚下で腱を縫った糸が、皮膚の上まで突き出していて気になっていた部分を取り除いて貰った。何年もかけて出てきてしまい、年末の掃除などで炎症を起こしていた。話して急遽プチオペになったのに、とても綺麗な女医さんが「糸除去」を引き受けてくださり、部分麻酔をして、取ってくださった。取れてから「ルーペ持ってきて」とルーペで丹念に確認してくださったところにお人柄を感じた。
人差し指のヘンな形になっているのが脱臼して重なり、人工に替えざるを得ないMP関節。親指も同様。早くやらないと、人差し指も動かなくなると言われているので、早くスケジューリングをして、それまでは、これ以上壊れないようにそっと使うしかない。










第2回プラチナブロガーコンテスト



[PR]
by tsunojirushi | 2018-01-07 21:00 | 日々の出来事 | Comments(0)